兴亚院

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兴亚院(興亜院)是昭和13年(1938年12月16日设立的日本国家機関。第一次近卫内阁日语第1次近衛内閣日中战争战线扩大、日占区增多的局势,统一指导占领区的政務与開發事業[1]

概要[编辑]

内阁总理大臣兼任兴亚院総裁。総裁之下设副総裁4名,由総務長官、政務部、経済部、文化部各部長構成。現地设連絡機関,分别为華北、蒙彊、華中、廈門連絡部。昭和17年(1942年)11月1日,拓務省、対満事務局、外務省東亜局与南洋局共同統合改編为大東亜省

后来的内閣総理大臣大平正芳作为大藏省派遣,任兴亚院蒙疆联络部经济课主任,赴中国张家口就职。1939年6月至1940年10月升任兴亚院蒙疆联络部经济课长。[2]第2次大平内閣日语第2次大平内閣的閣僚大来佐武郎伊東正義佐々木義武均是大平在興亜院中国内地勤務时的同僚,被揶揄为「興亜院内閣」。[3]

興亜院的人事[编辑]

総務長官[编辑]

  • 柳川平助 陸軍中将:昭和13年12月16日 - 昭和15年12月21日
  • (心)鈴木貞一 陸軍中将:昭和15年12月23日 - 昭和16年4月4日
  • (心)及川源七 陸軍中将:昭和16年4月7日 - 昭和17年11月1日(政務部長を兼ねる)

政務部長[编辑]

  • 鈴木貞一 陸軍少将:昭和13年12月16日 - 昭和16年4月4日
  • 及川源七 陸軍中将:昭和16年4月7日 - 昭和17年11月1日

政務部第1課長[编辑]

  • 白石万隆 海軍大佐:昭和13年12月16日 - 昭和14年11月15日
  • 石川信吾 海軍大佐:昭和14年11月15日 - 昭和15年11月1日
  • 大西敬一 海軍大佐:昭和15年11月1日 - 昭和16年10月15日
  • 田中穣 海軍大佐:昭和16年10月15日 - 昭和17年11月1日

政務部第2課長[编辑]

  • 塩沢清宣 陸軍大佐:昭和13年12月16日 - 昭和15年3月9日
  • 吉野弘之 陸軍大佐:昭和15年3月9日 - 昭和15年12月23日
  • 真方勲 陸軍中佐:昭和15年12月23日 - 昭和17年11月1日

文化部長[编辑]

  • (扱)柳川平助 陸中将:昭和13年12月16日 - 昭和14年1月10日(本職は総務長官)
  • 松村䏋 :昭和14年1月10日 - 昭和17年11月1日

華北連絡部長官[编辑]

  • 喜多誠一 陸軍中将:昭和14年3月10日 - 昭和15年3月1日
  • 森岡皐 陸軍少将:昭和15年3月9日 - 昭和16年3月1日
  • (心)塩沢清宣 陸軍少将:昭和16年3月1日 - 昭和17年11月1日

華北連絡部次長[编辑]

  • 根本博 陸軍少将:昭和14年3月10日 - 昭和14年8月1日
  • 森岡皐 陸軍少将:昭和14年8月1日 - 昭和15年3月9日
  • 塩沢清宣 陸軍少将:昭和15年4月11日 - 昭和17年11月1日

青島出張所長[编辑]

  • 柴田弥一郎 海軍大佐:昭和14年3月10日 - 昭和15年8月8日
  • 多田武雄 海軍大佐:昭和15年8月8日 - 昭和16年8月20日
  • 緒方真記 海軍大佐:昭和16年8月20日 - 昭和17年11月1日

蒙彊連絡部長官[编辑]

  • 酒井隆 陸軍少将:昭和14年3月10日 - 昭和15年3月9日
  • 竹下義晴 陸軍少将:昭和15年3月9日 - 昭和16年12月8日
  • 岩崎民男 陸軍少将:昭和16年12月8日 - 昭和17年11月1日

華中連絡部長官[编辑]

  • 津田静枝 海軍予備中将:昭和14年3月10日 - 昭和16年5月7日
  • 太田泰治 海軍中将:昭和16年5月7日 - 昭和17年11月1日

華中連絡部次長[编辑]

  • 楠本実隆 陸軍少将:昭和14年3月10日 - 昭和15年4月10日
  • (心)及川源七 陸軍少将:昭和15年4月10日 - 昭和16年4月7日
  • 井上靖 陸軍少将:昭和16年4月7日 - 昭和16年6月7日
  • (心)落合甚九郎 陸軍少将:昭和16年6月7日 - 昭和17年11月1日

厦門連絡部長官[编辑]

  • 水戸泰造 海軍少将:昭和14年3月10日 - 昭和15年7月1日
  • 太田泰治 海軍少将:昭和15年7月1日 - 昭和16年5月7日
  • 福田良三 海軍少将:昭和16年5月7日 - 昭和17年8月1日
  • 原田清一 海軍少将:昭和17年8月1日 - 昭和17年11月1日

厦門連絡部政務部長[编辑]

  • 原 忠一 海軍大佐:昭和14年3月10日 - 昭和14年11月15日
  • 中堂観恵 海軍大佐:昭和14年11月15日 - 昭和15年8月27日
  • 庄司芳吉 海軍大佐:昭和15年9月27日 - 昭和16年9月20日

脚注[编辑]

  1. ^ 『大平正芳』 38頁。
  2. ^ 『大平正芳』 38-42頁。
  3. ^ 倪志敏「大平正芳と阿片問題」『龍谷大学経済学論集』第49巻第1号(2009年9月)106頁

参考文献[编辑]

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  • 倪志敏「大平正芳と阿片問題」『龍谷大学経済学論集』第49巻第1号 2009年9月。

外部リンク[编辑]